南部鉄器、鉄瓶

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Published
2019/02/25

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岩手 南部鉄器、鉄瓶とは 「孫の代まで使える」製品を持っている人は、世の中にどれくらいいるのでしょうか。伝統工芸品である「南部鉄器」は、まさに受け継がれる道具のひとつです。 岩手県の盛岡地域と水沢地域で生産 されており、これらの地域で作られたものだけが南部鉄器と呼ばれます。 鉄の重厚感と繊細なフォルムのコントラストは、日本ならではの美を感じさせます。小ぶりな鉄器は扱いやすく、一度使い始めると手放せなくなります。そんな生活を豊かにする道具を求めて、盛岡市と水沢市には世界中からファンが訪れています。 様々な品種が作れている南部鉄器ですが、鉄急須と鉄瓶は、用途が異なる別々の道具です。 鉄瓶はお湯を沸かすために使うのに対して、鉄急須はお茶を淹れるために使います 。 > 南部鉄器ガイドを見る 南部鉄器、鉄瓶の歴史・技術 南部鉄器の産地である盛岡も水沢も、古くから良質な鉄をはじめ、川砂、粘土、木炭などの豊富な原料に恵まれていました。さらに、北上川の水運にも適した立地条件を持ち、鋳物産業に最適な環境が整っていました。 盛岡の鉄器づくりは、17世紀中頃に、南部氏を藩主とする盛岡藩が京都から釜師を招き、茶の湯釜を作らせたことが始まりといわれています。藩が保護育成に力を入れ、全国から鋳物師や釜師を多く招き、茶釜から日用品に至るまで幅広い製作を奨励したことで発展を続けました。 湯釜は幕府や各藩への贈答品として高い名声を得ました。なお、18世紀になると、茶釜を小ぶりにしたものが南部鉄瓶とされるようになりました。一方、仙台藩の領地であった水沢地方(現在の奥州市)でも、平安時代末期から日用品鋳物を中心に発展してきました。昭和30年代には、盛岡と水沢の両地域で作られた鋳物を総称して「南部鉄器」と呼ぶようになりました。 南部鉄器は鋳造によって作られる鉄器です。鋳造とは、鋳型に溶けた鉄を流し込んで成形する技法です。製造工程には、デザインや鋳型作り、溶解鉄の鋳込み、着色など50~70もの工程があり、そのほとんどに熟練の技術が求められます。 鋳型作りには、焼型や乾燥型の技法が使われ、さらに「紋様押し」では、さまざまな形状のへらを使い、鋳型の内壁に細やかな絵柄を施します。「肌打ち」では、鋳型の内壁に砂と粘土を混ぜたものを塗布し、独特の肌合いを作り出します。窯焼き後に漆を焼き付ける「漆仕上げ」など、すべて伝統的な技法によって作られています。 ここ数年は、健康志向や本物志向の高まりから、その魅力が再認識されるようになりました。鉄瓶だけでなく、急須やキッチンウェアも人気を集めています。調理道具としては、鉄分補給に役立つだけでなく、適度な厚みがあるため熱を均一に伝え、焦げつきにくいという特徴もあります。 最近では、カラフルな急須も注目を集めています。次世代まで受け継がれる道具は、新たなアイデアを取り入れながら、「一生もの」を使う喜びを発信し続けています。 関連記事: ・ 錆びたらどうする?南部鉄器のお手入れ方法 ・ 伝統工芸、南部鉄器の作り方。手づくりの技法、焼型とは? ・ 南部鉄器で美味しいお茶を。「急須」「鉄瓶」の種類の違い 南部鉄器のブランド一覧 ロジアソシエイツ / 岩手県奥州市 水沢地域で平安時代からの伝統を受け継ぐ新しい工房。現代の感性を取り入れたデザインで、新たな南部鉄器の世界に挑戦しています。 >ロジアソシエイツページへ 及富 / 岩手県奥州市 嘉永元年(1848年)創業、水沢の南部鉄器の歴史と歩んできた工房。昭和29年、世界で初めて海を渡った南部鉄器も及富の製造。 >及富ページへ 薫山工房 / 岩手県盛岡市 南部鉄瓶の品揃えは業界随一と言われるほど多彩。鉄瓶自体の形だけでなく、表面を飾る紋様もさまざまなものが揃っており、好みやライフスタイルに合わせて南部鉄器を選ぶ楽しさも伝えています。 >薫山工房ページへ 岩鋳 / 岩手県盛岡市 岩鋳は明治35年の創業以来、四百年の歴史を持つ南部鉄器の伝統を守りながら、現代の暮らしにもなじむ製品を作り続けています。県内では唯一の、デザインから販売までの一貫生産体制を整えました。 >岩鋳ページへ